「集団移住」の事例を学ぶ論文

原田晃樹/金井利之「看取り責任の自治(上)−滋賀県余呉町の居住移転施策を中心に−」『自治総研』2010年4月号(第378号)
http://www1.ubc.ne.jp/~jichisoken/publication/monthly/JILGO/2010/04/harada_kanai1004.pdf

近年のわが国全体の人口減少、高齢化は、これまでも一部の過疎地域で問題となっていた限界集落(過疎化などで人口の50%以上が65歳以上の高齢者になり、冠婚葬祭など社会的共同生活の維持が困難になった集落。大野晃教授が提唱)の問題を一段と深刻化させている。将来的には、社会的なサービスが供給されず、移動可能な者だけが移動し、「社会的弱者」だけが移住できずに残ってしまう集落も出てきてしまうことが懸念されている。

こうした問題の解決策として、「集団移住」ということは安易に言われがちであるが、当たり前のことではあるが、集団移住は地域住民と行政のギリギリの判断で行われるものであり、簡単なものではない(もちろん、こうした集団移住自体は地域固有の文化を奪うというとしてその是非を問う議論もあるが、それは別に論じることとしたい)。
そのような中、この論文で紹介されている、昭和の大合併を契機として、薪炭産業の衰退を契機として一部地域の集団移住を実施した旧余呉町の事例は、今の時代において貴重なヒントを与えてくれるものと思われる。後編では、その後の旧余呉町のダム事業の頓挫、「平成の大合併の難航」などの経緯が語られることとなっており、大いに期待したい。もちろん、こうした状況に直面している関係者や関心のある方は、上記PDFファイルから全文を読むことができるので、一読をお勧めしたい。

なお、共著者の一人の金井利之東大教授は、地域社会の生き残り策としての「地域活性化」について、成功する地域もあれば失敗する地域が必ず生じるものであり、失敗した地域はより厳しい状況に追い込まれることから、こうした条件の厳しい地域では、行政は一発逆転の「地域活性化」に手を出すのではなく、地域空間における長期的な縮小と撤退の「殿」をつとめるべきであるとしている。もちろん、金井教授がいうような「派手な」地域活性化はすべきではないし、行政は「殿」をつとめるべきではあるという意見にも同意するが、厳しい地域でも「希望」がなければ住民の同意を得るのは難しい部分もあり、そこをどうするかが課題であると考えている。まだ自分の中で結論がでているわけではないが…

というわけで、この問題については、今後も考えていきたい。